近況など

最近では、SNSでの発信が主流となり、ブログへの記述もすっかりとご無沙汰となってしまいました。

私個人の出来事としては、この数年、さまざまなことが起こり、日々何とか過ごしてきました。

仕事的には、書籍の執筆に若干注力しており、日々デスクに向かって、ほぼ自由な時間が取れない状況となっています。
コロナ禍の2021年から、4冊の書籍を出版しました。
執筆専業であれば、年間3~4冊程度は書けるのですが、合間の時間となると1.5冊程度となってしまいます。
合間時間と言いながらもこの執筆活動にはますます力を入れたいところです。
現在は、WEBや3D関係の内容が主となっていますが、他の分野にも触手を伸ばしたいと思い、アイデア書きだけは、溜め込んでいます。

WEBや3D関係の書籍を執筆していて強く感じることは、そろそろ紙媒体ではソフトウェアの説明は無理なのではないかということです。
現在のソフトは非線形のUI構造を持っています。これらのUIやワークフローを説明する媒体が“紙”というリニアな媒体には無理があるのです。
学校での授業でも紙の資料は使用しませんので、授業用の動画制作は日々行っていますが、YouTube用となると、顔出し、声入れ、編集にとなかなか手間がかかり、リリースできないでいます。

創作活動。こちらは最も注力したい私のライフワークでもあります。
アイデアを実際の形にする。この作業がクリエィティブな活動では最も大変です。
現在では一枚物のイラストなどよりは、短いアニメーション制作に趣向が向いていますので、なおさら制作時間を必要とします。
何とか頑張って形にしたいものです。

学校関係では、こちらも30年以上の職歴があります。いつまでも素人ぶっていてはいられません。
実際、日中の多くの時間は専門学校等の授業に時間を取られていますが、最近では、ますます教育そのものに興味を持ち新しい方法を模索しています。
次の段階に進みたいとも計画していますが、年齢を重ねると、世間が自分を見る目、その世間の目を見て、自分を見ることが多くなったように感じます。

超個人的な出来事としては、この2年の間に両親が亡くなったことでしょう。
コロナ禍で満足に面会もできない状態で亡くなった父親、そして今年1月に母親を亡くし、思っていた以上に心に大きな穴が空いたように感じます。
父親が入院してからの3年間は、診察や治療に関して病院側の責任を質したり、様々な手続きに翻弄され気と体が休まることはありませんでした。

世の中の多くの年老いた親を持つ人が、日々同じような、いえ、それ以上の苦労をしているのかと思うと同情を禁じえません。
二人が亡くなった今では、もっと何か出来たのではないか。方法は無かったのか、幸せだったのか、自分は良い息子であったのか、自分は少しでも二人の幸せにプラスになっていたのかと自問しています。
昔、亡くした二人の友人が今でも私に語りかけるように、この思いは生きている限り続くのでしょう。しかし、これもまた多くの人の感じる感覚です。

そうそう、上の息子は、某格闘ゲームの会社から、某格闘ゲームの会社に転職し、一人暮らしを始めていすま。
下の息子は、大学を卒業して就職もせずに、フリーのクリエーター(アニメーター)として活躍しています。
運良く二人共、良く稼いでいますが、人生はまだまだこれからです。
人生が努力ではどうにもならなく、運に支配されていることを理解している親としては、心配の種はつきません。

年を取れば、両親の死や子供の独立は、当たり前のこととして感じ取れるのではないかと期待していたのですが、どうも上手くいきません。

寂しさをひしと感じながら、仕事、創作、執筆に日々過ごしています。

ブログというものは、ある程度文章をまとめ書いて、、との古い考えがダメなのかもしれません。
もっと自由に、徒然なるままに記すのが良いかもしれません。

ps. 下の息子が気胸で1週間ほどの入院となりました。

皆さん、ご自愛ください。


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